【 5|君がいたから、折れずにいられた】

「俺は、お父さんみたいに何でもできるわけじゃない!」

ゲームばかりしていた息子を叱った中学1年生の時。

彼は振り絞るように、そう言った。

それはきっと、精一杯の抵抗であり、

精一杯の叫びだったんだと思う。

僕のことを、なんでもそつなくこなす

「できる父」と思っていた彼は、

その分、自分の不器用さや

中途半端さに苦しんでいたのかもしれない。

家族のかたちが崩れてからは、

毎朝泣きながら目覚め、

学校には行きたくないと泣く妹。

そんな彼女に「行くよ」と声をかけ、

自分もランドセルを背負っていた息子。

妹の前では兄らしく。

父の前では迷惑をかけないように。

そして、できるだけ心配をかけたくない。

……そんな想いが、

小さな背中を支えていたのかもしれない。

あの頃、22時に子どもたちを寝かしつけた後、

深夜の4時間は僕の「ゴールデンタイム」だった。

23時から3時まで──

静かな部屋で黙々と考えたり、学んだり、作業したり。

でも、「何のために生きているのか?」という問いだけは、

子どもたちの寝顔を見ていれば、迷うことはなかった。

できるだけ苦労の跡をみせないようにしてたから、

きっと息子は勘違いしてしまったのかもしれない。

息子は、妹の手を引いて、母親に会いに行くために、

新幹線に乗ることもあった。

小さい頃から彼は、

「口だけ達者で実は臆病な妹」の”先導役”だった。

新幹線で帰ってくると必ず、

寂しくて、泣いている妹の前で、

彼は泣けなかった。

彼にとって、ゲームの世界は“逃げ場”というより、

「つながれる場所」だったんだと思う。

画面の向こうには、

同じように夢中になれる友達がいて、

一緒に話して、笑って、戦って、

自分の存在を感じることができた。

── そして今、

彼は“自分の意思”で、日本に残ると決めた。

最初は心配ばかりが先に立ったけれど、それもきっと、

「自分の足で生きる力」を育む時間になる。

未来を見据えるのが苦手な彼。

でも、目の前の「楽しいこと」に集中するのは得意だ。

先ばかりを見て動く僕にとって、彼のような存在は、

ある意味で“いまを生きる”ということを、

教えてくれる先生のような存在、なのかもしれない。

人懐っこく、すぐに誰とでも仲良くなれる彼。

後天的に関係づくりを学んできた僕とは違い、

彼は、もともと「人が好き」なのだろう。

重すぎる責任を背負って、

時にやらなければいけないことを後回しにして、

怒られたりもした。

でも彼は、彼なりにずっと

「父と妹のため」を思って生きてきた。

当たり前すぎて、

ありがたいとすら気づけなかった存在。

知らぬ間に、

自分の荷物を背負ってくれていた小さな背中に、

僕は改めて感謝しないといけない。

今では僕より背が高くなって、

肩幅も広くなったけれど。

──君がいたから、折れずにいられた。

そんな存在が、

あなたのそばにもいたのかもしれない。

言葉にしないまま、

すれ違うように生きることもある。

敢えて言葉にしようとせず伝えない選択をする、

そんな“隙間”があってよかったんだろう。

今はただ、

その静かな距離を、大切にしていたい。

── Atsushi

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