ゲームばかりしていた息子を叱った中学1年生の時。
彼は振り絞るように、そう言った。
それはきっと、精一杯の抵抗であり、
精一杯の叫びだったんだと思う。
僕のことを、なんでもそつなくこなす
「できる父」と思っていた彼は、
その分、自分の不器用さや
中途半端さに苦しんでいたのかもしれない。
家族のかたちが崩れてからは、
毎朝泣きながら目覚め、
学校には行きたくないと泣く妹。
そんな彼女に「行くよ」と声をかけ、
自分もランドセルを背負っていた息子。
妹の前では兄らしく。
父の前では迷惑をかけないように。
そして、できるだけ心配をかけたくない。
……そんな想いが、
小さな背中を支えていたのかもしれない。
あの頃、22時に子どもたちを寝かしつけた後、
深夜の4時間は僕の「ゴールデンタイム」だった。
23時から3時まで──
静かな部屋で黙々と考えたり、学んだり、作業したり。
でも、「何のために生きているのか?」という問いだけは、
子どもたちの寝顔を見ていれば、迷うことはなかった。
できるだけ苦労の跡をみせないようにしてたから、
きっと息子は勘違いしてしまったのかもしれない。
息子は、妹の手を引いて、母親に会いに行くために、
新幹線に乗ることもあった。
小さい頃から彼は、
「口だけ達者で実は臆病な妹」の”先導役”だった。
新幹線で帰ってくると必ず、
寂しくて、泣いている妹の前で、
彼は泣けなかった。
彼にとって、ゲームの世界は“逃げ場”というより、
「つながれる場所」だったんだと思う。
画面の向こうには、
同じように夢中になれる友達がいて、
一緒に話して、笑って、戦って、
自分の存在を感じることができた。
── そして今、
彼は“自分の意思”で、日本に残ると決めた。
最初は心配ばかりが先に立ったけれど、それもきっと、
「自分の足で生きる力」を育む時間になる。
未来を見据えるのが苦手な彼。
でも、目の前の「楽しいこと」に集中するのは得意だ。
先ばかりを見て動く僕にとって、彼のような存在は、
ある意味で“いまを生きる”ということを、
教えてくれる先生のような存在、なのかもしれない。
人懐っこく、すぐに誰とでも仲良くなれる彼。
後天的に関係づくりを学んできた僕とは違い、
彼は、もともと「人が好き」なのだろう。
重すぎる責任を背負って、
時にやらなければいけないことを後回しにして、
怒られたりもした。
でも彼は、彼なりにずっと
「父と妹のため」を思って生きてきた。
当たり前すぎて、
ありがたいとすら気づけなかった存在。
知らぬ間に、
自分の荷物を背負ってくれていた小さな背中に、
僕は改めて感謝しないといけない。
今では僕より背が高くなって、
肩幅も広くなったけれど。
──君がいたから、折れずにいられた。
そんな存在が、
あなたのそばにもいたのかもしれない。
言葉にしないまま、
すれ違うように生きることもある。
敢えて言葉にしようとせず伝えない選択をする、
そんな“隙間”があってよかったんだろう。
今はただ、
その静かな距離を、大切にしていたい。
── Atsushi
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